「一度は遺言を書いたけれど、家族の状況や自分の気持ちが変わったので、内容を見直したい…」
「もっと良い遺言の形式を知ったので、書き直したい」
人の気持ちや状況は、時と共に移り変わるものです。遺言を作成された後、このように考え直すことは、決して珍しいことではありません。
しかし、いざ書き直すとなると、
「法的に正しい書き直しの方法がわからない」
「古い遺言と新しい遺言、どちらが有効になるの?」
「公正証書で作った遺言も、自分で書き直せる?」
といった様々な疑問や不安が浮かんでくるのではないでしょうか。
ご安心ください。一度作成した遺言は、いつでも、何度でも、ご自身の意思で自由に書き直す(撤回・変更する)ことができます。
この記事では、相続の専門家である司法書士が、遺言を書き直したいと考え始めた方のために、その全体像を体系的に解説します。
具体的には、
- 遺言を書き直したくなる代表的なケース
- 法律で認められている5つの書き直し(撤回)方法
- 遺言の種類(自筆証書・公正証書)ごとの注意点
- 書き直しに関するよくあるご質問(Q&A)
- 専門家に相談するメリット
について、法律の条文にも触れながら、具体例を交えて分かりやすく掘り下げていきます。
この記事を最後までお読みいただければ、遺言の書き直しに関するあらゆる疑問が解消され、ご自身の状況に最も適した、間違いのない方法を選択できるようになります。安心して、ご自身の最後の意思を最適な形で残すための第一歩を踏み出しましょう。
目次
なぜ遺言を書き直したい?よくあるケース
まず、どのようなタイミングで遺言の書き直しが検討されるのでしょうか。実際に私たちがご相談を受ける中で、特に多いケースをご紹介します。ご自身の状況と照らし合わせてみてください。
ケース1:家族構成・人間関係の変化
- 新しい家族が増えた:遺言作成後に、孫が生まれた、あるいは子どもが結婚して配偶者ができたため、その人たちにも財産を残したいと考えるようになった。
- 離婚・再婚があった:配偶者と離婚したため、その人への相続分をなくしたい。あるいは、再婚して新しい配偶者に財産を残したいと考えるようになった。
- 相続人との関係性が変わった:長年介護をしてくれた長男の嫁に感謝の気持ちとして財産を遺贈したい、あるいは、疎遠になってしまった子どもへの相続分を見直したい、など。
- 相続人が先に亡くなってしまった:遺産を渡す予定だった子どもが自分より先に亡くなってしまい、その子ども(遺言者から見て孫)に財産を渡す「代襲相続」をさせるか、別の人に渡すかなどを改めて決める必要が出てきた。
ケース2:財産内容の変化
- 大きな財産の購入・売却:遺言に「自宅不動産を長男に」と書いたが、その自宅を売却して老人ホームに入居した。
- 財産が増えた・減った:遺言作成後に退職金が入った、あるいは有価証券の価値が大きく変動したため、全体のバランスを見直したい。
- 特定の財産を処分した:「A銀行の預金を妻に」と書いたが、その口座を解約してしまった。
ケース3:遺言内容・形式への考え方の変化
- 気持ちの変化:「すべての財産を妻に」と書いたが、慈善団体への寄付もしたいと考えるようになった。
- より確実な方法を選びたくなった:自分で書いた「自筆証書遺言」の紛失や、死後に家族が内容を争うリスクが心配になり、より確実性の高い「公正証書遺言」で作り直したくなった。
このような変化は、誰にでも起こりうることです。ご自身の意思を最終的に反映させるためにも、状況の変化に応じて遺言を見直すことは非常に重要です。
遺言を書き直す(撤回する)5つの方法
それでは、具体的に遺言を書き直す方法を見ていきましょう。法律では、遺言を書き直すことを「遺言の撤回」と呼びます。民法で定められている撤回の方法は、大きく分けて5つあります。
【根拠となる法律の条文】
民法第1022条(遺言の撤回)
遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる。
この条文が示すように、遺言者(遺言を書いた人)は、「いつでも」「自由に」遺言を撤回できるのが大原則です。誰かの許可を得る必要も、理由を説明する必要もありません。
方法1:新しい遺言で「明示的に」撤回する
最も確実で、専門家として一番推奨する方法です。これは、新しく作成する遺言書の中に、「以前作成した遺言を撤回します」という一文を明確に記載する方法です。
【根拠となる法律の条文】
民法第1022条(遺言の撤回)
遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる。
ポイントは「遺言の方式に従って」という部分です。これは、「自筆証書遺言や公正証書遺言など、法律で定められた形式で撤回の意思表示をしてくださいね」という意味です。
具体的な記載例
【以前の遺言をすべて撤回する場合】
第〇条 遺言者は、遺言者がこれまでに作成した一切の遺言を、本遺言によりすべて撤回する。
または、より具体的に
第〇条 遺言者は、令和〇年〇月〇日付で作成した自筆証書遺言(または公正証書遺言)を、本遺言により全部撤回する。
【以前の遺言の一部だけを撤回する場合】
第〇条 遺言者は、令和〇年〇月〇日付で作成した公正証書遺言中の、長男Aに関する部分(第〇条)のみを撤回する。
ポイント
遺言の種類は問わない:以前の遺言が「公正証書遺言」であっても、新しく「自筆証書遺言」を作成して撤回することが可能です。逆もまた然りです。
最も確実:撤回の意思が明確なため、後々のトラブルを最も効果的に防ぐことができます。遺言を書き直す際は、まずこの方法を検討しましょう。
方法2:新しい遺言の内容を「抵触」させる(みなし撤回)
明確に「撤回する」と書かなくても、新しい遺言と古い遺言の内容が矛盾・重複(法律用語で「抵触」といいます)する場合、その矛盾する部分については、新しい遺言の内容が優先されます。これを「みなし撤回」と呼びます。
【根拠となる法律の条文】
民法第1023条(前の遺言と後の遺言との抵触等)
- 前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。(2項は後述)
具体例
【古い遺言】
- 不動産甲を、妻Aに相続させる。
- 預金乙を、長男Bに相続させる。
【新しい遺言】
- 不動産甲を、長女Cに相続させる。
この場合、「不動産甲」の相続先について、古い遺言と新しい遺言の内容が抵触します。そのため、抵触する「不動産甲」については新しい遺言が優先され、長女Cが相続することになります。
一方、「預金乙」については新しい遺言に記載がなく、抵触していません。そのため、この部分は古い遺言の効力がそのまま生き続け、長男Bが相続することになります。
注意点:意図しない結果を招くリスク
この方法は、一見簡単に見えますが、注意が必要です。
上記の例のように、抵触しない部分は古い遺言の効力が残るため、「新しい遺言を書いたから、古い遺言は全部無効になったはず」と思い込んでいると、意図しない相続結果を招く恐れがあります。
例えば、「古い遺言で全財産を妻に、と書いた。新しい遺言で不動産だけ長男に、と書いた」場合、不動産は長男に相続されますが、それ以外の預金などの財産は、古い遺言に基づき妻が相続することになります。もし遺言者が「不動産以外は法定相続分で」と考えていたとしたら、その意思とは異なる結果になってしまうのです。
このような事故を防ぐためにも、方法1の「明示的な撤回」を併用し、「以前の遺言はすべて撤回したうえで、改めて本遺言で相続方法を定める」という形にすることを強くお勧めします。
方法3:遺言者が生前に財産を処分する(みなし撤回)
遺言に書いた財産を、遺言者が亡くなる前に売却したり、誰かに贈与したりした場合も、その部分については遺言を撤回したものとみなされます。
【根拠となる法律の条文】
民法第1023条(前の遺言と後の遺言との抵触等)
2. 前項の規定は、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合について準用する。
具体例
- 遺言書に「長男Aに自宅不動産を相続させる」と書いたが、生前にその不動産を第三者Bに売却した。
- 遺言書に「長女Cに〇〇銀行の預金500万円を相続させる」と書いたが、生前にその預金を解約して生活費に使ってしまった。
これらの場合、遺言の対象となる財産そのものが既になくなっているため、その財産に関する遺言の部分は自動的に効力を失います。
方法4:遺言書を物理的に破棄する
遺言者が「故意に」遺言書を破り捨てたり、燃やしたりした場合も、その破棄した部分については遺言が撤回されたとみなされます。
【根拠となる法律の条文】
民法第1024条(遺言書又は遺贈の目的物の破棄)
遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなす。遺言者が故意に遺贈の目的物を破棄したときも、同様とする。
遺言の種類による大きな違い
この方法は、遺言の種類によって扱いが全く異なるため注意が必要です。
- 自筆証書遺言の場合
- 手元で保管している遺言書そのものが原本です。そのため、これを破る、シュレッダーにかける、燃やすなどして物理的に破棄すれば、有効な撤回となります。
- ただし、誤って破棄してしまった場合や、相続人が勝手に破棄した場合は「故意」ではないため、復元できれば遺言は有効なままです。しかし、それを証明するのは困難な場合が多いでしょう。
- 公正証書遺言の場合【最重要注意点】
- 公正証書遺言は、原本が公証役場に厳重に保管されています。遺言者の手元にあるのは、その写しである**「正本」や「謄本」**に過ぎません。
- したがって、手元にある正本や謄本を破り捨てても、公証役場に原本が残っている限り、遺言は一切撤回されたことにはなりません。
- 公正証書遺言を撤回したい場合は、必ず方法1または方法2(新しい遺言を作成する)によらなければなりません。
方法5:付言事項で想いを伝える(補足的な方法)
これは法的な撤回方法ではありませんが、相続を円滑に進めるために非常に有効な手段です。
新しい遺言書を作成する際に、「付言事項」として、なぜ遺言を書き直すに至ったのか、その経緯や想いを記しておくのです。
【付言事項の記載例】
付言事項
私がこの遺言を書き直したのは、長年にわたり私の介護を献身的に続けてくれた長男の妻である花子への感謝の気持ちを表したかったからです。以前の遺言を作成した時点では想定していなかった花子の貢献に報いるため、今回、花子にも財産の一部を遺すことにしました。他の相続人の皆も、どうか私のこの最後の想いを理解し、尊重してくれることを心から願っています。
このような一文があるだけで、相続人たちは遺言者の真意を汲み取り、納得しやすくなります。法的な効力はなくても、無用な争い(「争続」)を防ぐ大きな力を持つのです。
遺言の種類別・書き直しのポイントと注意点
次に、遺言の種類ごとに書き直しの際の具体的なポイントや注意点を整理します。
「自筆証書遺言」を書き直す場合
日付の記載を徹底する
自筆証書遺言の有効要件として「日付」の自署は必須ですが、書き直しの際は特に重要です。複数の遺言書が見つかった場合、日付が最も新しいものが有効と判断されるためです。
法務局の保管制度を利用している場合
2020年から始まった「自筆証書遺言書保管制度」を利用している場合、注意が必要です。
- 内容の変更はできない:一度預けた遺言書の内容を、一部だけ修正することはできません。
- 撤回手続きが必要:内容を変更したい場合は、まず法務局に対して「遺言書の撤回の申請」を行い、預けた遺言書を返却してもらう必要があります。
- 改めて新しい遺言を作成・預ける:その上で、全く新しい遺言書を作成し、再度、法務局に保管申請をします。
保管制度は便利な反面、書き直しにはこのような手続きが必要になることを覚えておきましょう。
要式不備に注意
新しい遺言書も、もちろん自筆証書遺言の要件(全文・日付・氏名の自署、押印)をすべて満たしている必要があります。一つでも欠けていると、せっかく書き直した遺言全体が無効になってしまうため、細心の注意を払いましょう。
参考記事:【保存版】公正証書遺言の作成方法・費用・必要書類を詳細に解説
「公正証書遺言」を書き直す場合
再度、公証役場での手続きが必要
公正証書遺言を、同じく公正証書遺言で書き直す場合は、初めて作成した時と同様の手続きが必要です。
- 必要書類の準備:遺言者の印鑑登録証明書、戸籍謄本、相続人の戸籍謄本、財産を証明する資料(登記簿謄本、預金通帳のコピー等)など。
- 証人2人の手配:信頼できる第三者(推定相続人や受遺者はなれません)を2名依頼する必要があります。適当な人がいなければ、公証役場で紹介してもらうことも可能です。
- 公証人との打ち合わせ:事前に財産の分け方などを公証人に伝え、遺言書の案を作成してもらいます。
- 作成日当日に役場へ:遺言者と証人2人が公証役場に出向き、公証人が遺言内容を読み上げ、全員が署名・押印して完成です。
費用がかかる
公正証書遺言の作成には、財産の価額に応じた手数料がかかります。書き直しの際も、新規作成と同様にこの手数料が発生します。
自筆証書遺言で撤回することも可能だが…
前述のとおり、公正証書遺言を自筆証書遺言で撤回すること自体は法的に可能です。費用を抑えたい場合には有効な選択肢となります。
しかし、自筆証書遺言には、要式不備による無効リスク、紛失・改ざんのリスク、死後の家庭裁判所による「検認」手続きが必要になるなどのデメリットがあります。せっかく公正証書で確保した確実性を、あえて自筆証書で覆すことの得失は慎重に検討すべきです。
特別な事情がない限り、公正証書遺言は、同じく公正証書遺言で書き直す方が、安全かつ確実性が高いと言えるでしょう。
参考記事:【改正法対応】自筆証書遺言を書くために必要な全知識
遺言の書き直しに関するQ&A
最後に、遺言の書き直しに関して、よく寄せられる質問にお答えします。
Q1. 認知症と診断された後でも、遺言を書き直せますか
A1. 非常に重要な問題です。遺言が有効に成立するためには、遺言者に**「遺言能力」**(自分の行為の結果を理解・判断できる能力)が必要です。
認知症と診断されたからといって、直ちに遺言能力がないと判断されるわけではありません。症状が軽く、ご自身の財産や相続関係を正しく認識し、誰に何を遺すかを合理的に判断できる状態であれば、有効な遺言を作成することは可能です。
しかし、後々その有効性を争われるリスクが高まります。
Q2. 前に書いた遺言書が見つかりません。どうすればいいですか?
A2. 古い遺言書が見つからなくても、新しい遺言書を作成することは可能です。その際、方法1で解説したように、「これまでに作成した一切の遺言を撤回する」という包括的な撤回条項を入れておくことが極めて重要です。この一文があれば、後から古い遺言書が発見されたとしても、新しい遺言が優先されるため安心です。
Q3. 撤回したはずの古い遺言書で、相続手続きが進められてしまうリスクはありますか?
A3. リスクはゼロではありません。例えば、新しい自筆証書遺言の存在を知らない相続人が、古い公正証書遺言を使って不動産の名義変更や預金の解約をしようとするケースが考えられます。
このような事態を防ぐためにも、遺言を書き直した際は、信頼できる相続人や、遺言執行者(遺言の内容を実現する人)に、**「新しい遺言書を作成し、〇〇に保管してある」**という事実を伝えておくことが望ましいでしょう。
Q4. 書き直しにかかる費用はどれくらいですか?
A4. 遺言の種類によって異なります。
- 自筆証書遺言:ご自身で作成すれば、費用は基本的にかかりません(法務局の保管制度を利用する場合は申請手数料3,900円)。
- 公正証書遺言:公証役場に支払う手数料が必要です。これは相続させる財産の価額によって変動しますが、一般的には数万円から十数万円程度になることが多いです。その他、証人を依頼する費用や、専門家に依頼する場合はその報酬が別途かかります。
まとめ:不安な方は、まず専門家にご相談を
この記事では、遺言を書き直すための5つの方法と、その際の注意点について詳しく解説してきました。最後に、重要なポイントをもう一度確認しましょう。
- 遺言はいつでも自由に書き直せるのが大原則。
- 最も確実な方法は、新しい遺言書で「古い遺言を撤回する」と明確に宣言すること。
- 内容が抵触する部分だけが自動的に撤回される「みなし撤回」は、意図しない結果を招くリスクがあるので要注意。
- 公正証書遺言は、手元の写しを破っても撤回にならない。
- 認知症などで遺言能力に不安がある場合は、書き直しの有効性が問われる可能性がある。
見てきたように、遺言の書き直しは民法で認められた正当な権利ですが、その方法を誤ると、かえって相続人間のトラブルの種を作ってしまうことにもなりかねません。
「自分の場合はどの方法がベストだろうか?」
「法的に間違いのない、完璧な遺言書を作成したい」
「複雑な手続きは、専門家に任せてしまいたい」
もし少しでもご不安や疑問が残るようでしたら、司法書士のような専門家にご相談ください。 あなたの状況やご希望を丁寧にお伺いした上で、最適な遺言の書き直し方法をご提案いたします。
ご自身の意思を、最も確かな形で未来へ遺すために。まずはお気軽にご相談ください。
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