相続という言葉は、ニュースや身の回りの話題でもよく耳にするようになりました。しかし、「相続の種類は?」「借金も相続されるの?」「放棄するにはどうしたらいい?」と聞かれて、正確に答えられる方は多くないのが現実です。
相続は、人生で何度も経験するものではありません。突然その場面に直面し、何から手をつけてよいか分からないという方も少なくありません。一方で、正しい知識があれば、不安なく手続きを進めることができますし、不利益を回避することも可能です。
そこで本記事では、相続の基本から3種類の相続方法(単純承認・相続放棄・限定承認)まで、わかりやすく丁寧に解説します。はじめて相続に向き合う方でも理解できるよう、実務の観点からもポイントを押さえています。さらに、図解や実際のケーススタディ、専門家としてのアドバイスも交えて、相続手続きへの理解を深めていきます。
目次
1. 相続はいつ始まるのか
相続のスタート地点は、被相続人(亡くなった方)の死亡です。これを法的に定めているのが、民法第882条です。
民法第882条:相続は、死亡によって開始する。
つまり、生前に相続が発生することはありません。生前贈与や遺言は別制度です。相続はあくまで「死亡」によって開始される制度です。
また、相続の当事者には次のような呼称があります:
- 被相続人:亡くなった人
- 相続人:財産を引き継ぐ人
被相続人が死亡すると、その財産・債務は法定相続人に承継される可能性がありますが、相続人は承継の方法を選択できます。
その方法とは、次の3つです:
- 単純承認
- 相続放棄
- 限定承認
それぞれの内容を以下で詳しく解説していきます。
2. 相続の3つの方法とは?
2-1. 単純承認
単純承認とは、被相続人の権利も義務も、すべてを無制限に相続する方法です。もっとも一般的な方法であり、「相続する」と聞いたときに多くの方が思い浮かべるのがこの単純承認です。
民法第920条:相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。
この「無限に承継する」とは、財産(預貯金や不動産など)だけでなく、債務(借金や保証債務)もすべて相続人が引き継ぐという意味です。
● 単純承認で相続されるもの
- プラスの財産:預貯金、不動産、有価証券、損害賠償請求権、貸付金、貴金属、未収金など
- マイナスの財産:借金、未払い金、連帯保証債務、未払税金、損害賠償義務など
● 単純承認で相続されないもの
- 一身専属の権利(例:国家資格、生活保護の受給権、公営住宅の使用権、個人の身分に基づく地位など)
- 祭祀財産(例:お墓、仏壇、系譜など)
これらは「その人だけが有していた権利・義務」であり、相続の対象からは外れます。
● 法定単純承認に注意
一定の行動をとると、自動的に単純承認したとみなされる「法定単純承認」という制度があります。たとえば、相続財産の処分や使用、隠匿があると、それだけで承認と見なされるため、注意が必要です。
2-2. 相続放棄
相続放棄とは、相続人がその相続に関して最初から相続人でなかったとみなされる制度です。被相続人の財産(プラスもマイナスも)を一切引き継がないことになります。
民法第939条:相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。
● 相続放棄が有効なケース
- 被相続人に借金が多い
- 財産内容が明らかでないが、リスクを避けたい
- 遺産を巡るトラブルを避けたい
- 被相続人との関係が希薄だった場合など
● 手続きのポイント
- 相続開始を知った日(多くは死亡日)から3か月以内に、家庭裁判所へ申述する必要があります
- 家庭裁判所に対し「相続放棄申述書」を提出します
- 審査後、受理証明書が交付されます
● 注意点
相続放棄は、マイナスの財産だけではなく、プラスの財産も放棄することになります。多少の借金があってもプラスの財産の方が多ければ、そのまま相続してしまったほうがよい場合があります。
また、住宅ローンには保険が適用され無くなる(0になる)こともあります。住宅ローンを組んだ金融機関に確認しておきましょう。
2-3. 限定承認
限定承認は、相続によって得たプラスの財産の範囲内で、マイナスの財産を承継する方法です。つまり、マイナスの財産がプラスを上回る場合でも、追加で負債を背負うことはありません。
民法第922条:相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ債務を弁済することを留保して、承認することができる。
● 限定承認のメリット
- 被相続人の債務総額が不明な場合でもリスクを抑えられる
- 負債リスクを相続人の生活に持ち込まない
- プラス財産の範囲内で収まれば、手元に残る資産もある
● 限定承認の手続き
- 相続人全員が共同で申述する必要があります
- 家庭裁判所への申述が必要
- 相続財産管理人の選任や、債権者への公告などを行う必要があります
- 清算の手続きが完了するまでに時間と手間がかかります
● 実務での利用状況
限定承認は制度上有益である一方、手続きの煩雑さや相続人全員の合意が必要な点から、実際に利用されるケースは少数です。専門家のサポートを得て進めるのが現実的です。
3. 相続方法の選択と注意点
3種類の相続方法にはそれぞれメリットとデメリットがあります。どの方法が最適かは、被相続人の財産状況、相続人の希望、手続きの手間などを総合的に考えて判断する必要があります。
相続方法 | 特徴 | 利点 | 注意点 |
---|---|---|---|
単純承認 | すべての財産を引き継ぐ | 一般的な「相続」 | 借金も含めてすべて承継 |
相続放棄 | 一切を引き継がない | 借金を避けられる | プラスの財産も放棄・3か月以内の申述 |
限定承認 | プラスの範囲で負債承継 | 負債リスクを限定 | 手続きが煩雑・相続人全員の同意が必要 |
相続で後悔しないためのアドバイス
- 相続財産の把握を早めに行いましょう。預貯金や不動産だけでなく、借入金や連帯保証なども確認が必要です。
- 特に借金の有無が不明な場合は、限定承認を検討しましょう。
- 相続放棄を希望する場合は、3か月の期限を厳守してください。
- 相続が発生したら、早期に司法書士など専門家へ相談するのが安心です。
4. ケーススタディで学ぶ相続の選択
ここでは、実際によくある相続のケースを例に、それぞれの選択肢がどう活かされるかを確認してみましょう。
ケース1:借金が多かった父の相続(相続放棄)
状況: 父が突然亡くなり、家族には多額の借金が残されていた。財産はほとんどなく、プラスよりもマイナスの方が明らかに多い。
選択肢: 相続放棄
結果: 相続人全員が期限内に相続放棄を行い、借金を引き継がずに済んだ。次順位の相続人にも放棄を勧めた。
ケース2:財産内容が不明な叔父の相続(限定承認)
状況: 遠縁の叔父が亡くなり、財産の全容が不明。戸建て住宅があるが、借金や未払金があるかもしれない。
選択肢: 限定承認
結果: 家庭裁判所で限定承認を行い、公告によって債権者を把握。清算の結果、住宅の残余財産が相続できた。
ケース3:自宅と預貯金を残した母の相続(単純承認)
状況: 母が死亡。自宅不動産と預貯金があり、借金はなかった。
選択肢: 単純承認
結果: スムーズに遺産分割協議がまとまり、遺産を分けることができた。
5. 司法書士の視点からアドバイス
司法書士として日々多くの相続手続きに携わっている立場から、次の3つの観点でアドバイスをさせていただきます。
アドバイス1:財産の確認を最優先に
相続が発生したら、まずやるべきは「財産の全容を把握すること」です。預金通帳、不動産の権利証、借用書などを確認し、プラス・マイナスを明確にします。この段階で不明点が多い場合は、放棄や限定承認を前提に検討すべきです。
アドバイス2:相続放棄の期限管理に注意
相続放棄は「相続開始を知った日から3か月以内」と法律で定められており、これを過ぎると原則放棄ができなくなります。放棄を迷っているうちに期限を過ぎてしまう事例が非常に多いため、早めに専門家へ相談をしてください。
アドバイス3:相続登記は早めに
2024年から相続登記の義務化が始まりました。放置しておくと過料(罰金)の対象にもなります。不動産を相続したら、できるだけ速やかに名義変更(登記)を行いましょう。
6. まとめ
相続は誰にでも起こりうる重要な法的手続きです。相続人には3つの選択肢があり、それぞれにメリット・デメリットが存在します。
財産の内容や相続人の状況に応じて、最適な方法を選択することで、不安なく相続手続きを進めることができます。
特に、マイナスの財産が心配な場合は、早期に専門家の助言を仰ぎ、法的リスクを最小限に抑えることが重要です。
本記事が、相続に直面した皆さまの判断や行動の一助となれば幸いです。
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