相続放棄を検討するうえで、遺産の放棄と相続放棄の違いは正確に押さえておくべきポイントです。なぜなら、単なる遺産の放棄と家庭裁判所でした正式な相続放棄とでは、法律的な意味合いが全く異なるからです。
しかし、当事務所にご相談に来られる方の中で、この2つの違いを正確に理解されている方はそう多くはありません。相続放棄という言葉は知っていても、その法律的な意味合いまで理解することは難しいことといえるでしょう。
そこで、ここでは、はじめて相続放棄をする方でも理解できるように、遺産の放棄と相続放棄の違いを簡単にご説明していきます。相続放棄を検討されている方には役に立つ内容となっていますので、ぜひ参考にしてください。
目次
1.放棄をする方法
1−1.相続放棄は家庭裁判所への申述が必要
民法第938条(相続の放棄の方式)
相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。
この法律の規定が相続放棄の方法を定めています。相続放棄をするには、家庭裁判所への申述が必要ということですね。
相続放棄の「申述」とは、家庭裁判所に相続放棄の書類を提出する行為を指します。裁判所の法廷で何かの宣言をするわけではないのでご安心ください。「相続放棄の申述」≒「家庭裁判所に相続放棄の書類を提出」ということですね。
この家庭裁判所への相続放棄の申述がなければ、相続放棄をしたことにはなりません。つまり、単に相続人の間で「私は相続を放棄しますので1円もいりませんよ」と話しただけでは相続放棄をしたことにはならないのです。
ここが相続放棄をする際の大きなポイントの一つ。正式な相続放棄は家庭裁判所への申述が必要になります。
1−2.遺産の放棄は相続人間の遺産分割協議で合意をする
遺産の放棄とは、相続人間の遺産分割協議で1円も遺産をもらわない行為を指します。
たとえば、被相続人(亡くなった人)がA、相続人が子であるBとCだとします。
Bは実家でずっとAと暮らしていて、亡くなる直前までAの面倒を見ていました。一方、Cは離れて暮らしていて、金銭的な問題はなく平穏な日常生活を送っています。
この場合の法律で定められた遺産の相続分は、BとCで各2分の1ずつですが、Cは遺産を相続するつもりはなく、Bにすべて譲りたいと思っています。
このような、Cの意向を実現するための手段が遺産の放棄。つまり、BとCの遺産分割協議で、Cが1円も遺産をもらわない取り決めをすればよいわけです。
前述した相続放棄は、家庭裁判所に申述をする必要がありましたね。しかし、遺産の放棄は、家庭裁判所へ申述する必要はありません。ここが両者の大きな違いになります。
2.放棄される財産は
2−1.相続放棄で放棄される財産は「すべての財産」
相続放棄で放棄される財産は、被相続人(亡くなった人)が死亡当時に所有していた「すべての財産」です。この「すべての財産」の中には、預貯金や不動産とったプラスの財産に加えて、マイナスの財産である借金をも含みます。
つまり、被相続人に借金があったとしても、それを引き継いで支払う必要はなくなるということです。
相続放棄で放棄される財産は、被相続人(亡くなった人)が所有していた「すべての財産」と書きましたが、例外的に放棄されない財産もあります。詳しくはこちら↓でご説明していますので、ご確認ください。
2−2.遺産の放棄をしても借金の支払い義務は残る
遺産の放棄をしても、借金の支払い義務は残ります。なぜなら、遺産の放棄は単に相続人間での話し合いであるため、債権者(お金を貸した人)に対する拘束力はないからです。
債権者の立場からすれば、自身が関与しない相続人間の話し合いだけで支払い義務を免除させることはできないということでしょう。
ここも、相続放棄との大きな違いの一つ。
相続放棄は借金の支払義務も無くなるが、遺産の放棄は単にプラスの財産を放棄するだけで借金の支払い義務は残る、ということですね。
2−3.遺産分割協議で債務(借金)を支払う人を決めることはできます
軽微な債務(被相続人の無くなる直前の入院代、各種税金)、住宅ローンなどは、相続人の中で支払う人を決めることはできます。「〇〇はすべての遺産を相続し、債務を承継する」などの取り決めを遺産分割協議ですればよいわけです。
ただし、この場合でも単に相続人間の取り決めであるため債権者に対する拘束力はありません。つまり、債務を承継するとした人が支払いを怠った場合は、その他の相続人が支払っていかなければならないということです。
こういった取り決めの内容を債権者に守ってもらうためには、その債権者に承諾してもらう必要があります。
3.期間制限
3−1.「相続放棄」には期間制限がある
相続放棄には、「自分のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内」という期間制限があります。詳しくはこちら↓で説明していますので、ご確認ください。
3−2.遺産の放棄に期間制限はない
遺産の放棄に期間制限はありません。相続人間の遺産分割協議で合意できる限り、いつしても有効です。
4.放棄をした後は
4−1.同順位の相続人全員が相続放棄をした後は、相続権が次順位の相続人に移る
たとえば、相続人が子であるあなた一人という状態で相続放棄をすると、相続権は次順位である親(もし親が亡くなっているとしたら兄弟姉妹)に移ります。
詳しくは、こちら↓で説明していますのでご確認ください。
4−2.遺産の放棄をしても相続権は移らない
遺産の放棄をしても相続権は次順位の相続人に移りません。したがって、「次順位の相続人に相続権を渡したいから遺産の放棄をする」という行為は、全くの無意味ということになります。
5.相続放棄と遺産の放棄の比較まとめ
相続放棄と遺産の放棄の違いをまとめると次の表のようになります。
相続放棄 | 遺産の放棄 | |
方法 | 家庭裁判所に申述 | 遺産分割協議で取り決め |
期間制限 | 被相続人の死亡を知ってから3ヶ月 | なし |
借金の支払い義務 (債権者に放棄の効力を主張できるか) |
残らない | 残る |
放棄をした後 | 同順位の相続人全員が相続放棄をすると、相続権は次順位の相続人に移る | 相続権は次順位の相続人に移らない |
「相続放棄」と「遺産の放棄」の違いで特に注意すべき点は、借金の支払い義務が残るかどうかでしょう。借金の支払い義務を免れるために相続放棄をしようと思っている人は、必ず家庭裁判所で相続放棄の申述をしてください。
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